彼の戦ひははるけくなれり
一連のコロナの状況をみていると、当初に識者が予想していたような展開になってきました。
ここはしかるべき専門家の意見を尊重し、政治家の介入や、忖度を排除した施策を進め
てほしいですね。それにしてもあの尾身先生、ツマラナイ政治家とわたりあい、なかなかの
人物と拝察します。
そんななか、今の時点でまだパラの小学生見学をすすめる人々には呆れます。
平時ならそうは思いませんが……。
極論かも知れませんが私には敗戦が近々にも予想されながら、満蒙に「報国」や「義
勇」の美名のもとに青少年を送り出したあの頃の指導者たちを彷彿とさせるのです。
なぜそんなことを感じるかというと、小生、満ソ国境の報国農場に敗戦の年派遣された
ご夫妻を身近に持っていたからです。
子どもたちの先生として寮母として、到着して数ヶ月にしてソ連軍が襲来、多くの青少
年を引き連れ南ヘ南へ逃避、途中お子さんが餓死するという不幸にも出会われ、命から
がら帰国されたのち、静かに歌人として生きられました。
その歌に「運命を狂わせし罪おはすにも彼の戦ひははるけくなれり」があります。
詠まれたのは中西恭子さん、この歌は「昭和万葉集」にもはいっています
そんな話はパラリンピック観戦とは別次元というお考えもあるでしょうが、どうも根っ
こは一つのような気がします。
終戦記念日は終わりましたが、いまごろまさに逃避行を続けていた同胞がいたこと、
その直前まで派遣の旗振りをしていた人々がいたこと、それを受け入れていた国民であ
ったことを忘れないようにしたいと思います
*早朝から丘の上まで走りました。静かです