これはちょっと古いですね。
1992年の3月と記録があります。
小生近江八幡に住居していた時は、「地の利」を活かして
よく中京圏へ足を伸ばしました。
へっ?と思われるかも知れませんが、信長が安土に城を築いたのも
むべなるかなと感じた次第です。
車内で耳を澄ますと、柏原すぎたあたりから言葉が変化し
いわゆる名古屋弁に近くなってくるのがわかりました。
*岐阜の町です。いまはなき名鉄の岐阜市内線です。
今思うと、のこしとけばよかったですね。
*早朝に家を出て、岐阜の町で朝ご飯というのが定番。
中京圏の喫茶店のモーニングには驚かされました。
注文を間違ったかなと思ったくらいです。
お散歩の紳士のチロリアンハットが時代を感じさせますな。
撮影はオリンパスペンEE3 紙焼きからスキャンしました