手習いは続く

 彼岸も近いのに残暑が厳しいですね。

早朝の散歩と買い物以外はちょっと外に出る気が起こらないので、涼しくした部屋で黙々と論語の書き取りを続けています。

 

使っているテキストは、宋の邢昺(けいへい、932年 - 1010年)による「論語注疏」(「論語正義」とも)です。一、二行の本文に時として、数頁にわたる注がつくので、毎日続けていてもそうは進まず、まるで匍匐前進をしているような気分です。

このテキストは彼の地での科挙の勉強に使っていたらしく、朱子の「論語集注」と比べると中庸を旨としたおだやかなものとされています。

 

二千年以上にわたって読み継がれてきたものだけあって、まぁ、確かにおもしろい。たとえば今読んでいる先進篇の最後のところ、孔子学園で学ぶ弟子たちに自分の理想や夢を語らせるところなどは、ちょっとしたお芝居見るような気にさせます。

以下、中国の「維基文庫」サイトから引用します。

 

子路、曾皙、冉有、公西華侍坐。子曰:「以吾一日長乎爾,毋吾以也。居則曰:『不吾知也。』如或知爾,則何以哉?」

子路率爾而對,曰:「千乘之國,攝乎大國之閒,加之以師旅,因之以饑饉,由也爲之,比及三年,可使有勇,且知方也。」夫子哂之。

「求,爾何如?」對曰:「方六七十,如五六十,求也爲之,比及三年,可使足民;如其禮樂,以俟君子。」

「赤,爾何如?」對曰:「非曰能之,願學焉!宗廟之事,如會同,端章甫,願爲小相焉。」

「點,爾何如?」鼓瑟希,鏗爾,舍瑟而作;對曰:「異乎三子者之撰。」子曰:「何傷乎?亦各言其志也。」曰:「莫春者,春服既成。冠者五六人,童子六七人。浴乎沂,風乎舞雩,詠而歸。」夫子喟然歎曰:「吾與點也!」

 

どうでしょうか。

孔子としては言葉は遠慮がちながらも、実際の政治に携わって功績を挙げたいという弟子の鼻息を頼もしく、またほほえましく見ながら、同時にそういうものとは一線を画した、おだやかな日々を楽しみたいという弟子の夢にも同調しているようにもみえます。

もちろん古くからいろんな解釈があるのですが、好きなところです。

 

昨夜もやや不穏状況に陥った老母ですが、今日はデイに行けるかな・・・。

 

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