つぶやき

老親の世話をしていると。

ときどき、親の頭のなかはまるで古くなったコンピュータ

みたいだナと感じることがあります。

CPUは非力な上に老朽化しています。

ハードディスクはもう一杯はいっていて新しい知識を入れる余地はなく

当座の判断・認識の処理をすべきメモリは圧倒的に不足しています。

 

つまり過去のことはあるていど知ってゐるのですが

新しいことをいれようとすると入らないだけでなく

自分の覚えてゐることだけでこれを理解しようとするので

トンチンカンな作話や妄想が語り出されてしまいます。

決して合わない辻褄を母なりに見事につなげてあるのが

不思議であり、腹立たしくもあり、難儀でもありますナ。

たとえばテレビで登場した話題や人物を自分の身の廻りの人間関係のなかに入れて

理解しようとする。そしてそれを私たちに語りかける。

夕方になってくたびれてくるとそれがいっそう酷くなります。

 

最初のうちはまるで時空間がゆがめられるようで激しいストレスになり

身体の不調も現れました。さすがにちょっと慣れたのか

最近は「ははーそうですか」とできるだけ受け流すようにしています。

母が寝入ってから、老いるというのはこういうことなんやなと、

勉強させて貰っているんやなぁと家人と笑いあったり

介護ブログなどに目を通し、感心したり、たいへんやなぁと同情したり

少し余裕もできましたが、 肉親であるがゆえに、

どうしても客観視できがたいときもあります。

じょじょに次の段階に進む予感をもちながら、

そろりそろりと歩く、そんな気分です。