辞書の「あとがき」

手元に置いて愛用している辞書に新潮社からかつて出されていた

『新潮国語辞典 現代語・古語』があります。

文字通り国語辞典に古語辞典を合わせたもので、小型辞書ですが

2,000ページを超え、たぶん片手で引くのにはこれが限界という大きさです。

昭和40年に初版が出て、私の持っているのは昭和57年の新装改訂版です。

 

これを購入したきっかけは、たしか井上ひさしが愛用しているのが

新潮のPR誌「波」に出ていたからだと思います。

井上ひさしはじっさいは多くの「愛用」辞書があった由ですが)

現代語・古語といっても所詮同じ日本語である……ということで編まれたと紹介すると

いささか乱暴ですが、じっさいなかなか便利で、編集にも意が尽くされています。

この辞書はその道の評価も高いらしく、現在でも古書価格は高いですね。

 

最近紙の辞書を手にすることが多くなりましたから、よけいにということもありますが

監修者の言葉や編集の目的などいわゆる関係者による巻頭言を読み込んでしまいます。

意外に事務的にしごくあっさりしたものもあり

自信満々のもすくなからずあります。

巻頭言に力の入っていないような辞書は所詮たいしたことはないのでしょう。

編集者のその辞書に対する熱い想いが迸るようなものに接すると

その中身もさぞ力作なのだろうという信頼感がわくのは人情というものでしょう。

それでもって、この国語辞典はというと、巻頭の監修者・編集者の言もよいのですが

見所は巻末に収められた二段組み2ページにわたる「あとがき」なのです。

 

「本書の成るに際し、編者として一言所懐を述べさせて頂きたい。」

からはじまるとこらからなにやら「不穏」なのですが、校正段階までいって、

膨大な項目を除かざるを得なかったという苦渋を

綿々と語るところはなかなか読ませます。

研究者としては当然盛り込めるだけ盛り込みたいわけでしょうけれど

出版社としてはまず販売価格があり、それに見合った紙幅というものがあるわけで

その攻防が熾烈であったことが窺われます。

ほとんど「編集始末」というかんじでしょうか。

学生生徒の需要をみこめない辞書の性格付けからすると

仕方ないのだろうなと思いますが、

編者が当初予定していたボリュームが実現されていたら、

たぶん『広辞苑』みたいになったんでしょうね。

いずれにしても、こういう「あとがき」というのは余り見ないように思うのですが、

ほかにもあるよということならまた教えて欲しいですね。

 

久松潜一監修 山田俊雄ほか編修です

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